サツマイモ資料館長日記


【その57】

川越の姉妹都市、オータンのサツマイモ (H19.12.25)


【その56】

白米病の江戸煩と焼き芋 (H19.6.4)

大名の家族も食べていた焼き芋 (H19.6.14)


【その55】

1本も買えなかったサツマイモ (H19.1.8)

天ぷらなら紅赤 (H19.2.1)

女の石焼き芋屋 (H19.2.16)


【その54】

茨城のかんしょ伝来401年記念プロジェクト (H18.12.5)


【その53】

男のいも好き (H18.7.12)

不思議ないもファン (H18.8.10)

いもの買い出し (H18.8.11)

食料難の頃の写真 (H18.8.17)


【その52】

三宅島のサツマイモとネズミ (H18.3.28)

川瀬恒夫先生とサツマイモ (H18.5.28)

札幌の干しいも (H18.6.11)

お年寄りとサツマイモ (H18.7.3)


【その51】

自分にとっての一番うまいいも (H18.2.6)

ちちぶ太白サツマイモ生産組合の発足 (H18.2.14)


【特別編】

嘉手納町の野國總管甘藷伝来400年祭 (H17.12.10)


【その50】

沖縄100号の里帰りと台風 (H17.7.25)

「江ノ電」が「いも電」になった (H17.12.9)


【その49】

いものほしい (H17.5.19)

おいらんいものいわれ (H17.5.29)

戦後60年 (H17.6.9)

いも天がなければ盃を乾さない (H17.6.21)


【その48】

出世したサツマイモ (H17.1.20)

おしゃべりクイズでの大失敗 (H17.2.14)

女性のいも好きのわけ (H17.3.3)


【その47】

新聞の中の焼きいも (H16.10.1)


【その46】

サツマイモは笑って食べるもの (H16.4.23)

学童集団疎開とサツマイモの葉っぱ (H16.5.5)


【その45】

中国河北省石家荘のつぼ焼き (H15.11.15)

片手にめざし、片手にひがしやま (H16.2.13)

ぬかのパン (H16.2.25)

島根県の大根島の「かわごえ」 (H16.3.7)


【その44】

祥月命日の焼き芋 (H15.10.15)

雨ニモマケズの日本一の焼きいも広場 (H15.11.16)


【その43】

紫いもが出はじめた頃のこと (H15.10.17)


【その42】

総合学習とサツマイモ (H15.4.5)

味鋺いもによる地域おこし (H15.5.25)


【その41】

奈良県南部でのいもサミット (H15.1.30)


【その40】

『太白ものがたり』その後 (H14.11.1)


【その39】

在来種、太白(たいはく)の盛衰 (H14.10.13)


【その38】

学生とサツマイモ (H13.7.6)

沖縄100号ときんとき(紅赤) (H13.10.21)

川越の人のいもイメージの変化 (H13.12.1)

羽二重いも (H14.6.1)


【その37】

千葉県高萩小学校のサツマイモ学習 (H13.11.18)


【その36】

読谷村の「いもの日」 (H13.9.7)


【その35】

川越いもの作り初め (H13.9.12)


【その34】

いも講話 (H13.4.22)

物々交換 (H13.4.26)

いも嫌いの戸まどい (H13.5.3)

総合学習と戦争飢饉 (H13.6.13)


【その33】

サツマダンゴ (H13.1.14)

ハノイの焼きいも (H13.1.29)

川越にサツマイモ料理の店ができたわけ (H13.3.23)


【その32】

ジャングルの中でのいも作り(H12.10.11)

総合学習とサツマイモ(H12.12.7)


【その31】

円盤 (H12.4.19)

いもの蔓 (H12.6.18)

八重山開発 (H12.6.27)

風化が怖い (H12.7.19)

赤紙と青紙 (H12.7.31) 


【その30】

版画、「雪の高田市」 (H12.6.3)


【その29】

いも文化論の展開を (H12.3.8)

世代による感覚の違い (H12.3.9)

新島のアメリカいも (H12.3.17) 


【その28】

疎開者のいも畑 (H11.7.13)

いものカラ (H11.7.30)

渥美清の好物 (H11.9.10) 


【その27】

来館者の声 -その2-  (H11.4.1) 


【その26】

来館者の声 -その1-  (H11.4.1) 


【その25】

名古屋のいもの会 (H10.9.14)

青木昆陽生誕300.祭 (H10.11.6) 


【その24】

紅赤百.を祝う集い (H10.9.13) 


【その23】

最近の菓子屋横丁(H10.5.26) 


その22】

沖縄100号の松永高元氏(H10.3.9)


【その21】

香取の新しい風(H9.11.9)


【その20】

終戦の日の食卓 (H9.8.15)


【その19】

メキシコのサツマイモ(平9.5.11)


【その18】

サツマイモ再発見(H9.2.26)


【その17】

絵のある青果店(H8.5.6)

サツマイモとラッカセイ(H8.12.15)


【その16】

鹿島臨海鉄道沿線の甘藷村(H8.8.29)


【その15】

中国農産品加工技術考察団(H8.3.23)


【その14】

脱OL (H8.1.18)

焼き芋の産直 (H8.2.24)

茅葺職人のアルバイ卜(H8.2.28)

石焼き芋の新商法(H8.3.10)


【その13】

甘藷の資料館(H7.12.7)

舞鶴のタイハク (H7.12.14)

石いも (H7.12.15)


【その12】

『週刊少国民』(H7.6.2)

いもの歌 (H7.8.7)


【その11】

阪神大震災(H7.3.24)

茨城1号 (H7.6.6)


【その10】

昌黎会その2(H7.1.10)


【その9】

華北交通の昌黎会(H6.5.17)


【その8】

イモ天ははねちゃう(H5.2.7)

習慣性 (H5.6.27)

武田説 (H5.7.2)

あまいから好き (H5.7.21)

血が騒ぐ (H5.9.13)

疲れると焼き芋 (H6.1.7)

バスガイド嬢と焼き芋(H6.6.16)


【その7】

日中のサツマイモ交流(H5.4.4)

ガスがこわい (H5.7.12)


【その6】

幻のイモ、オイランがあった(H5.3.1)

カロチンイモ (H5.3.19)

イバイチ (H5.4.4)


【その5】

干し芋展(H5.1.14)

幼児のおやつ論(H5.1.15)

干し芋の季節 (H5.1.31)


【その4】

秩父のタイハク(H4.12.4)

三芳町上富のベニア力 (H4.12.10)


【その3】

サツマイモ資料館を作ったわけ(H4.9.2)

サツマイモ資料館の展示と運営をよくするにはどうしたらよいか(H4.9.9)

川越だから、なんでもないものの資料館が作れる(H4.10.13)


【その2】

サツマイモの缶詰 (H4.7.6)

老人食としての豆腐とサツマイモ(H4.8.3)

たこ焼きと焼き芋(H4.8.13)


【その1】

はじめに(H4.10.20)

レプリカ (H4.4.9)

鎌倉からのグループ(H4.5.6)

紅小町様々 (H4.6.29)


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