その15


中国農産品加工技術考察団(平成8年3月23日)

 東京に農林水産省の外郭団体の一つ、財団法人、亜細亜農業技術交流協会がある。設立は40年近く前の1959年で、現事務局長は川野邊幸治氏。日中両国開係者の相互交流を図る会で、毎年こちらから向うに1団体派遣するとともに、向うからも1団体受け入れている。

 昨平成7年、同会が中国に出したのは「いも類に関する農業技術交流団」(知識敬道団長他6名)だった。幸いわたしもその一員に加えてもらうことができ、願ってもないいい経験をさせてもらうことができた。時期は秋の10月2日から15日まで。北京からハルピン、克山、成都、そして上海へと回った。

 中国側の受け入れ機関は中国農業部(省)国際合作司。全行程の同行案内役は同部郷鎮企業局の若い女性経済師、薛志紅さんだった。薜さんのおかげで、日本では分かりにくい郷鎮企業のことが分かってきたのも大きな収穫の一つだった。

 今年、平成8年に同会が迎えたのは「中国農産品加工技術考察団」(陳愛民団長他6名)だった。小麦、サツマイモ、ジャガイモなどについての視察団だが、団員のほとんどが市長や副市長、県長などだった。

 中国では有業人ロの8割が農民なので、行政関係者も農業のことに精通していないと、いい仕事ができないからであろう。それと中国で今、一番問題になっているのは沿海の工業地域と内陸の農業地域とでの所得格差が急増していることだ。今回の団員の出身地が河南、江西、四川のいずれかであるということは、これらの内陸の省での工業化政策が急務になっていることと関連しているとみてよかろう。

 一行の滞日は3月20日から30日まで。訪問先は士幌農協食品工場、山崎製パン第二工場、前田産業工場などで近代的な大工場ばかりだった。その中で唯一の例外が川越の手作り的ないも菓子工房だった。

 事前に事務局から川越訪問の打診があった時、わたしは大喜びで賛成した。中国のちょっとした町や村には「郷鎮企業」と呼ばれる中小工場がいくつもある。新鋭の大工場の建設もいいが、同時に郷鎮企業をもっと伸ばすことも重要なことに思われてしょうがないからだ。

 それは若林敬子氏の『中国、人口超大国のゆくえ』(岩波新書、1994)からも分かる。同書によれば最近の中国の農業人□は4億5千万人だが、本当に必要なのは2億人に過ぎない。半分以上の2億5千万人もが余剰で、うち1億人を郷鎮企業が吸収している。問題は残りの1億5千万人で、放っておけば大都市や沿海工業地域へ向っての「盲流」をいつ起すか分からない危険な状態になっているという。

 川越にはサツマイモで菓子を作る工場がたくさんあるが、そのほとんどは家族労働中心の小工場だ。それでも「いもの町」としての伝統と首都東京に近いという地の利を活かし、いい業績をあげている所が多い。それを見て郷鎮企業振興の一つの参考にしてもらいたいというのがわたしの願いだった。

 一行が川越に到着したのは3月22日の夕方だった。宿舎は東武ホテル。わたしもそこでの夕食会に呼んでもらったが、この時ほど食文化の違いに驚いたことはなかった。同行案内者の川野邊事務局長が毎度中華料理というのでは能がない、一度くらいは懐石料理も良かろうと気を使ったのがいけなかった。

 最初に出た刺身にだれも箸を付けようとしない。次の酢のものもだめ。中国人は生ものは口にしないのだという。やっと食べてもらえたのが焼き魚だった。ところが和風ビフテキは血のしたたるようなものだったため、またまただめになった。中国で生肉を食べるのは一部の少数民族だけで、漢族は食べないという。

 翌23日の午前中はサツマイモ資料館の見学だった。中国のサツマイモ生産量は抜群だ。最近の世界総生産量は年、1億トン前後だが、中国はその8割以上をも生産している。ただ使い方は荒い。半分がブタのえさであり、残り半分もでん粉やアルコールの原料だ。 中国は料理の国だというのに、どこをどう探してもいい料理がない。いも菓子もない。

 一方、日本はサツマイモの生産量が少なく、世界の1パーセントにもならないが、いも料理、いも菓子の種類の多いことと質の高いことでは世界一という定評がある。それは当館の展示品を見てもすぐ分かることで、これには中国側のだれもがびっくりしていた。

 昼食は資料館を経営しているサツマイモ料理専門の料亭、「いも膳」で名物の「いも懐石」を食べてもらった。ゆうべは火の通ってないものばかりで恐ろしかったが、今日は大丈夫そうだと大笑いになった。事実、わたしも生いも料理だけは聞いたことがない。

 午後はまず、いもせんべい東洋堂(戸田喜一郎社長)へ行った。社長自から特大のサツマイモを手にし、カンナと称する道具でスライスして見せた。油断すると指が刃で飛んでしまうという危ない仕事だけに、だれもがハラハラしながら見ていた。

 次にスライスしたものを機械で焼く、両面をこんがりとキツネ色に焼き上げたものが「生地」で、こんどはそれに砂糖で作った蜜をハケで塗っていく。この仕事も手作業で、機械では難かしいという。手仕事と機械仕事との絶妙な組み合わせは中国の人たちにとって大いに参考になったのではなかろうか。

 次は、いも大福、いもまんじゅうの室岡製菓(室岡登三男社長)。仕事場では3人の職人さんが、特製の皮でいもあんを包んでいた。完全な手仕事だが、まるで手品のように素早く、確実にこなしていく。もっともこういう仕事は中国人もお手のものだ。一行が驚いていたのは、資本主義が高度に発達している日本で、ものによってはこうしたやり方も立派に通用しているということの方だった。

 そのあと菓子屋横丁の「横丁庵」で懇談した。川越側からは東洋堂と室岡製菓の社長さんが出てくれた。中国側は大会社の経営陣とは一味違う話に聞き入っていた。楽しい時間はあっという間に過ぎ、日が暮れかかってきた。別れ際にわたしが色紙を出すと、陳団長(江西省宣春市政府市長)がちょっと考えてからこう書いてくれた。

甘薯是健康美容長寿食品

有広汎開発前景

 後日、中国文化の研究をしている大野広之氏に訳してもらったらこうなった。

 「サツマイモは健康、美容、長寿にふさわしい食品であり、これからの研究開発が待たれている食品である」。

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