その17


絵のある青果店(平成8年5月6日)

 川越のJR南古谷駅前に「榎本青果店」がある。店は大きくはないが明るく楽しい所でわたしも大のファンだ。まず品物がいい。店主の榎本信次郎さんは昭和18年生まれ。「いい品物を安く消費者へ」をモットーにがんばり、昭和63年には「第11回優良経営食料品小売店全国コンクール青果小売業部門」で農林大臣賞をもらっている。

 榎本さんは商売熱心なだけでなく、その合い間にすばらしい水彩画を描いている。何でも描くそうだが、身近にある野菜や果物が多い。それも自己流ではない。「キミ子方式」という独特の描法で知られる松本キミ子先生に就いての本格的なものだ。

 完成した絵は額に入れられ、店内の壁面に所狭しと飾られている。その数は十数点はあろう。絵は時々入れ替えられるが、昔からずっとあるものもある。その1枚に「高系14号」という品種のサツマイモを1本だけ描いたものがある。「昭和57年作」とあるから15年ほど前のものになる。

 サツマイモに関心のあるわたしは、店に入るとまずその前に立ってしまう。店主もそれに気がついて、ある時こう釘を刺されてしまった。「いくらほめたってだめですよ。この絵だけはあげるわけにはいきません」 何も知らなかったわたしは、次のようなわけがあったと聞かされて驚いた。

 「大分前のことです。松本先生がある本を出されることになり、それに何人かの弟子の絵も載せてくださることになりました。先生はそれぞれに描くものを言い付けられました。その時わたしは『あなたは八百屋さんなんだからサツマイモを描いて』と言われたんです。

 普通なら大喜びするところです。先生のお手伝いができるんですから。ところがわたしはそうではなかった。『サツマイモ』と聞いて気が抜けちゃったんです。野菜にはもっと描き甲斐のあるものがいくらでもありますからね。それなのに何であんなかんたんなものをと思ってしまったのです。

 ところがいざ描いてみると描けないんです。色が出せないし、存在感も出せない。いくらやってもだめなんです。これには参りました。それでも悩み続けているうちにやっと気が付くことができたんです。サツマイモをかんたん過ぎる、つまらないものと馬鹿にしていた自分の慢心に。わたしはサツマイモに謝りました。『サツマイモさんよ、ごめん、ごめん』。そして頼みました。『どうか描かせてください。描かせて頂きます』と。そうしたらこの絵が描けたんです」

 なんと、このサツマイモの絵は、榎本さんにとって画業開眼の記念碑的なものだったのだ。それにしてもここのすばらしい作品が店に来る買い物客にしか知られていないのは残念だ。無理にお願いして、当館で作品展を開いてもらうことにした。榎本さんにしても店に置いているのは作品の1部だ。特に場所を取る大作は飾りようがない。そういうこともあってであろう、心よく協カしてもらうことができた。

 榎本さんの最初の個展にもなったその名称は「八百屋さんが描いた野菜絵展」。会期は平成8年4月28日から5月6日までで今日が最終日。出品作品は31点。むろん例のサツマイモの絵もあった。幸い来館者も多く、大成功だった。

HOME
サツマイモとラッカセイ(12月15日)

 川越の隣りの狭山市に、株式会社「都市構造研究所」がある。全国各地の地域おこし運動にシンクタンクとしてかかわっている。ここの雛元昌弘社長夫妻の楽しみの一つは紙や布、木、土などで作った「野菜クラフト・グッズ」の収集。始めて4年ですでに国の内外から1300点も集めたという。

 そこでコレクションを公開してみることになったが、当り前の所でやるのは面白くない。研究所に近く、地域おこしもやっている所ということで当館に話が来た。サツマイモも最近は「でん粉用いも」が少なくなり、ほとんどが野菜として作られている。その上、健康食、美容食ということで見直され、若い人たちにも受けるようになった。ということはサツマイモ関連のクラフト・グッズも新しいものが増えているはずで、こっちもその動向が知りたい。それで喜んで協力させてもらうことになった。

 特別展の名称は「べジタフルワールド 野菜クラフトの世界」。会期は10月2日から7日まで。野菜はだれにとっても身近なものなので、のぞいてみたくなったのであろう、毎日大勢の人が来てくれた。

 雛元夫妻は仕事で全国各地を飛び回っているので顔が広い。自分のコレクションとは別に特別コーナーを設け、そこに全国の野菜クラフト作家の新作品を出してもらうことになった。

 7人の作家が応じてくれたがその一人に、わが川越の高橋ぱろスケさんがいた。名前からたいていの人が男の人と思ってしまう。わたしもそうだったが、実は子育てにも忙しい女の人だった。ぱろスケさんの作品は特殊粘土で作ったもの数点と1枚の絵だった。どちらも擬人化した野菜をたくさん使い、温かく、楽しい雰囲気の世界を創り出している。

 わたしはその中の絵が特別気に入った。場面は土の中。それにしては明るく、にぎやかだ。画面中央に大きなべッドがある。太いサツマイモが一つ、そこで眠っている。紅赤色の大きな顔が毛布から出ている。その周りに殻付きのラッカセイが5ついる。どれにも手と足があり、ワイワイ騒いでいる。酒杯を手に乾杯をしている者。クラッカーを鳴らしている者、両手でサツマイモの顔を撫でたり、たたいたりしている者などといろいろだ。

 それを見て農業に詳しい人だなと思った。サツマイモには根に寄生する大害虫、ネコブセンチュウがいる。連作を続けるとそれが増え、いもの肌が荒れるし収量も減る。それを防ぐため他の作物と輪作したいが、それはまたたいていの野菜にも寄生するので難しい。

 ただなぜかラッカセイにだけは寄生しないので、サツマイモ作りにはそれとの輪作が理想とされてきた。ところが最近は外国から安いラッカセイが大量に入ってくる。それで甘藷農家もそれを作らなくなり、殺線虫剤を使っての連作を強行せざるをえなくなっている。

 ぱろスケさんの絵にはサツマイモとラッカセイの相性のいいことと、互いに出番を交代した良き時代の情景がほのぼのと描かれている。もっとも後で聞いてみたら、輪作のことはちっとも知らなかったという。それでいてこういうものが描けるのだからすごい。年の暮の今日、ぱろスケさんがその絵を当館に寄贈したいと持ってきてくれた。手元に置いておくより、その方がこの作品にとって幸せのように思えてきたからという。

HOME