その19


メキシコのサツマイモ(平9年5月11日)

 朝日新聞の日曜版では、昨平成8年4月から「地球食材の旅」を連載している。食材一つ一つのルーツや文化、資料などを探るもので、記者とカメラマンを世界中に出している。紙面もぜいたくで1面と3面をまるまる当てている。

 思わぬ記事がたくさんあるし、カラーの写真もふんだんにある。楽しく、面白く為にもなるのでファンも多いようだ。今も続いているこの連載で変っているのは次回以降の予告のないことだ。「トマト」で始まりりいろいろの食材が出てきたが、次は何かはその日になってみなければ分からない。

 平成8年11月17日は「ジャガイモ」だった。それを見てサツマイモも近いなと思っ』た。というのはその年の夏、「食材班」の平岡妙子記者が今度サツマイモを担当することになったからと、当館にも来てくれていたからだ。その時、平岡さんは取材の為ならどこへでも行くと言っていた。そこでメキシコと中国へ行くことを奨めた。

 メキシコ南部からコロンビア、ベネズエラヘかけての熱帯アメリカはサツマイモの原産地とされている。ところが日本ではここの「いも事情」がほとんど知られていない。小林仁氏の「サツマイモの来た道」(古今書院、昭和59年)と、池部誠氏の「野菜探険隊アジア大陸縦断無尽」(文芸春秋、平成2年)にちょっとあるぐらいのものだ。

 一方、中国はサツマイモの超大国だからだ。最近の世界のサツマイモ総生産量は年1億トン。中国はその80%以上をも占めている。第2位はベトナムで2%。日本はたったの1%に過ぎない。

 世界の5大食糧といえば小麦、米、トウモロコシ、ジャガイモ、サツマイモだが、サツマイモは中国あってのことだ。それだけに記者の目で中国のいも事情を探ってもらいたいと思ったからだ。

 10年ほど前まではサツマイモは秋のものだった。ところが健康にいいということで騒がれだすと、栽培法が急に進歩し、5月の中旬頃から早くも新いもが出回るようになった。高知、宮崎、鹿児島3県の「超早掘りいも」がそれだ。その上、貯蔵施設も改良されたので、秋に取ったいもは翌年の5〜6月頃までももつようになった。こうして季節感が薄れ、今では「年中サツマイモ」になっている。

 したがって平岡さんのサツマイモはいつ出てもおかしくないわけだが、なかなか出なかつた。それが今日、やっと出た。川越ペンクラブの東郷寿美さんから朝早く電話があった。「先生、見ましたか。今朝の「朝日」の日曜版を。今日はサツマイモですよ」と。

 早速それを見ると中国のことは何もなく、メキシコに焦点をしぼってのサツマイモがあつた。平岡さんはすでにアマゾン中心の「コショウ」(平9.3.2)やジャマイカ中心の「コーヒー」(平9.4.6)を書いている。熱帯アメリカに強い人のようなので、そうなったのであろう。

 1面の上段いっぱいにメキシコ市の街頭に出ている焼き芋屋の写真があった。メキシコではサツマイモのことを「カモテ」と言う。いも屋の屋台の上に焼き上げたカモテとバナナが10本ぐらいずつ並べられている。向うではバナナも焼くというところが面白い。

 屋台の前には中年の女性客が3人いる。やはり中年のいも屋のおやじが焼き芋に蜂蜜を掛けてやっている。平岡さんによると頼めばあまいジャムを塗ってくれる焼き芋屋もあれば、コンデンスミルクを掛けてくれる人もいるという。

 日本の焼き芋屋はいい芋を選び、焼き方を工夫して、いもそのもののうま味を引き出そうとする。一方、メキシコではあまいものは一層あまくして楽しむというのがお国柄のようだ。一昨、平成7年の春のこと、ハイメ・ガルドーニョ・クルスさんというメキシコの男の人が当館に来てくれた。メキシコ州の農業改良普及員で久喜市にある埼玉県園芸試験場に研修に来ていた人だ。来日して1年近くになるとのことで日本語が上手だった。そのハイメさんもこう言つていたことを思い出した。

 「メキシコのカモテは日本のものよりあまくないが困らない。砂糖をたっぷり加えて食べるので、いもそのもののあまい、あまくないは問題にならない」

 平岡さんはメキシコ市の中央青菓市場にも行っている。ところがサツマイモの売り場がない。探しあぐねて副支配人に聞いてみると、「カモテなんてあったかな」と言われてしまうぐらい頼りないものだった。それでもあきらめずに方々に当っているうちに、やっと「あった、あった」となった。

 広大な市場の1番西の端の卸商の倉庫がそれで、平岡さんによると中はこうなっていた。

「倉庫にサツマイモが山積みになっている。しかも種類が豊富だ。ジャガイモのような皮で実は黄色のもの、白いもの。赤い皮で中がオレンジ、紫の皮とカラフルで目に鮮かだ」

 そこの卸商から、ここの取り扱い量は週に30トンと聞き、平岡さんはやっぱり少ないなと思った。東京では週に700トン近くも使われているからだ。もっともある1日だけは例外的によく売れるそうで、そのわけがこうであった。

 「11月の「死者の日」だけは特別だ。1日30トンをさばく。サツマイモで作った甘いお菓子を供え、死者の霊を弔う習慣があるからだ」

それについてはわたしも前出のハイメさんからこう聞いている。

 「毎年11月に「死者の日」がある。家毎に家の中に祭壇を作る。白砂糖でドク口を作り、その上に置く。ドクロの後には生のカモテを置く。祭壇の下にカモテで作ったあまいお菓子や果物、お酒などを供える」

 死者の日になんでサツマイモが出てくるのだろう。調べてみたくなってきた。

 メキシコでサソマイモの生産量が1番多い州はプエブラ州だ。前出の池部さんの本にもメキシコで「プエブラのイモ野郎」という言葉を聞いたとある。その州都がプエブラ市でメキシコ市の南、150キロほどの所にある。

 日本で「いも菓子の町」と言えば川越だが、メキシコではプエプラ市だ。川越のいも菓子関係者にぜひ行ってもらいたい所だが、同市がそうなったわけを平岡さんはこう書いている。

 「18世紀の初め、修道院の女子寄宿生がいたずら心を起した。大事なつぼを汚そうと、サツマイモと砂糖を入れて、ぐちゃぐちゃにまぜた。ところがそれがとてもおいしくて街中の人にわけたという話が残っている。修道院があった場所にはサツマイモのお菓子屋が左右にずらりと並んでいた。サツマイモに砂糖を入れて棒状にのばす。オレンジ、バニラ、ストロベリーなど7種類の味で、華やかな色合いだ」。

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