その23


最近の菓最子屋横丁(平成10年5月26日)

 2週間ほど前、NHKの柳田真顕ディレクターからこんな電話が入った。

 「NHKテレビでは今年の4月から新番組、『首都圏いきいきワイド』を始めました。毎週火曜の午後5時5分から6時まで。来る5月26日は埼玉県で、川越の菓子屋横丁と大宮の盆栽村を紹介します。

 菓子屋横丁で面白いのは、20軒近くある店のほとんどが『いも菓子』に力を入れていることです。さすがは『いもの町』だと思います。

 ただ、下調べ中に気になることを耳にしました。ここの商品がサツマイモを使ったものになったのはごく最近のことで、10年くらい前までは全国どこにでもある普通の駄菓子屋がほとんどだったそうですね。

 それがなんでそう変わったのか、それを調べていて浮かびあがってきたのが『川越いも友の会』の活躍でした。わたしはそれが川越の町おこしに大きく響いていると思っています。それで今回は友の会の人たちにも出て頂こうと思っています」。

 川越は静かな城下町だったが、平成に入ると急ににぎやかになった。ここは関東大震災にも太平洋戦争による戦災にも会わなかったので首都圏東京が失った江戸の良きおもかげを残している。それに気付いた人達が東京方面からどっとくるようになったからだ。

 観光客はその土地にしかないものを求める。江戸時代のむかしからサツマイモで有名な町にきてそこの風土を感じることができるものといえば、みやげではいも菓子になろう。

 菓子屋横丁は川越でも人気の高いところなので、毎日、観光客でごった返している。そうなれば店でも作るのも、仕入れるのものそれに合わせて変わるのが当然だ。いも菓子の割合がどんどん増えただけでなく、その種類も激増、今はここはわが国のその業界の最先端を行く地にもなっている。

 だからこそマスコミ各社も今までここを様々な角度から紹介してきた。ただ、視点を最近の大きな変化に置き、しかもそれを友の会の文化活動とからめて取り上げるというようなことを試みる所は1つもなかった。

 放映の1週間前に柳田さんが当館に来てくれた。山登りが大好きというタフな青年だった。同氏によると友の会からはベーリ・ドゥエル会長、山田英次事務局長、そして会員の私の3人に出てもらうことになったという。その日は山田さんに来てもらい、二人で話しを聞いた。

 まず、当日の流れの説明があった。カメラを2台使い中継でやる。1台は菓子屋横丁。リポーターがまず昔からの駄菓子屋である麦棒の松本屋と飴の玉力に入る。次は「駄菓子の資料館」の田中屋。最後が時代を反映しての新商品で、いも大福の室岡、いもどうなつの稲葉屋、つぼ焼きのふたみなどを回る。

 もう1台は東京渋谷のNHK。スタジオパークに友の会の3人に来てもらい、アナウンサーとやりとりしてもらう。時間は川越関係全部で25分。次に当日、スタジオに持ち込む資料を検討した。友の会ができたのは14年前の昭和59年(1984)だった。

 川越市福原地区はサツマイモの大産地だった。それもあってここの福原公民館ではその前々年に「ふるさとカレッジ、さつまいもトータル学講座」を開いた。企画者は当時、同館の若き主事だった山田さんだった。

 川越地方のいも畑は昭和30年代から激減し、50年代になるともはや産地とは言えなくなっていた。いもの町もこれで終わりかという時、山田さんは公民館でできることを考えた。長年、日本のいも文化をリードしてきた川越いもの歴史だけでも記録にとどめたい。その中で「いもの町」の新しい在り方も探ってみたい。こうした願いから始まったのが、この特別講座だった。

 講師はいも作り名人、いも菓子職人、郷土料理研究家、郷土史家、園芸試験場研究員、川越在住のアメリカ人で世界のサツマイモ事情を研究しているドゥエルさんなどだった。マスコミ各社はこの講座に注目、内容を大々的に報じてくれた。おかげで40人もの「いも好き市民」が集まり、最初から熱気むんむんだった。

  その講師陣と受講生が一つになってできたのが友の会だった。仕掛け人はむろん企画力抜群の山田さん。以来、同氏は事務局長として会を支えてきた。会は畑を借りてサツマイモを作った。いも祭、シンポジウム、いも料理会などを精力的にやってきた。いもソングを作り、さつまいもの日(10月13日)も制定した。いも関係のパンフレット類もいろいろ出した。特にいも菓子、いも料理集『昭和甘藷百珍』は好評だった。柳田さんは十数種類もあるパンフレットを見て喜び、全部借してもらいたいとなった。

  放映日の今日、われわれは本番2時間前にスタジオに集まった。柳田さんが作ったシナリオを渡され、リハーサルを行った。大きなテーブルを前に3人が一列に並ぶ。そのテーブルの上は会のパンフレットで埋めつくされている。思いで深いそれらを前に、それぞれが会とのかかわりや事業について話した。

  最近でこそサツマイモは体にいい食べ物の1つとして大事にされるようになったが、その前は川越ですら「いもなんか」と馬鹿にする人が多かった。そんな中で「なんで自分の町の特産物に誇りを持つことができないのでしょうねえ、私にはわかりません」というドゥエルさんの存在は大きかった。

  次に菓子屋横丁からの中継が入る。それが終わると再びスタジオ。今度はテーブルの上のものが、がらっと変わる。柳田さんが川越で集めたサツマイモ関係商品が所狭しと並べられている。それを前に3人が今後の抱負や期待などを話して終わるという筋書きだった。

 川越の業者は地元のいもがなくなると他県産のものを仕入れて加工するようになった。我が国でそれができるのは川越ぐらいのものなのだから、わたしは自信を持ってそれで行って欲しいと思っている。そうでなければ川越はサツマイモ文化の先進地でありつづけることができなくなってしまう。

  いよいよ本番となった。リハーサルの時から「みなさん、もっと気を楽に」と言われていたが、生放送となればどうしても固くなる。人気アナウンサーの内多勝康さん、桜井洋子さん、お二人の話術と笑顔に助けられ、やっと切り抜けられたという感じだった。

  それにしてもいい角度から「いもの町」の魅力を取り上げてもらうことができて、嬉しくありがたかった。

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