その38


学生とサツマイモ(平成13年7月6日)

 当館の近くに尚美学園大学がある。ここの文化人類学の教授、坂本邦彦先生が学生を連れて見学に来られた。

 学生は男女五人ずつの10人。女子学生は5人ともサツマイモが大好きだという。そのわけをその1人がこう話してくれた。「砂糖のあまさって、きつすぎるじゃないですか。サツマイモのそれはやわらかい。そのやさしいあま味が嬉しいんです」

 それを開いた他の女子学生も全員が「うん、そうそう」と大きくうなずいた。ところが男の学生は1人もそれに反応しなかった。そんなことはどうだっていいやという感じで、つまらなそうな顔をしていた。

 わが国ではサツマイモは女や子供の好物とされてきた。子供は男でも女でもそれが大好きだ。それは小学校の給食を見ても分かる。ところが女子と違い、男子は大きくなるとサツマイモから離れていく場合が多い。男に限ってどうしてそうなるのだろう。不思議な現象だ。

   

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沖縄100号ときんとき(紅赤)(平13年10月21日)

 東京から70過ぎの男の人が1人で来た。資料展示室にあった「沖縄100号」といういもを見て戦争中のことを思い出してしまったと、こんな話をしてくれた。

 「戦時中は東京の旧制の中学生でした。ニ年の時、勤労動員で都下の東久留米の農家に行きました。主人が兵隊に取られ、働き手がいなくなって困っている農家に泊り込みで行って、農作業を手伝うのです。それも秋の1か月間という長いものでした。

 われわれは1軒の農家に1人ずつ割り振られました。ただ大きな農家には2人ずつでした。そういう家の仕事は特にきついので、だれも行きたがりません。わたしはそこに行くことになつてしまったので、仲間から『お前は運が悪いな』と同情されました。

 わたしが行った家の働き手はおじいさんとおばあさん、それに乳飲子を抱えた嫁さんで、仕事はいも掘りでした。毎朝、早く起こされ、朝飯もそこそこに畑に出ました。

 まず鎌でいもづるを刈ります。腰を曲げて刈るので、たちまち腰が痛くなります。いもを掘るのはもっときつい。慣れない鍬を使って掘るんですから。タ方になっても仕事は終らない。掘ったいもを『いも穴』のある所まで運び、その日のうちにその中へ入れなければならなかったからです。

 一日中、仕事、仕事でいつも腰が痛くて困りました。

 その家で作っていたサツマイモのほとんどは『沖縄100号』でした。ゴツゴツの巨大ないもでした。このいもは量は取れましたが味の方はだめ。それで農家は国への供出用として作っていて、白家用には別のいもを作っていたようです。量は取れないが味のいい『きんとき』がそれで、わたしが行った家てもそうでした。

 そこのおやつはいつも蒸したきんときでした。口に人れると、ふわーっととろけます。あまいし、香りもいい。あの時のあのうまかった味は一生、忘れられません。

 今思えば、おやつのきんときを食べたくてがんばっていたようなものでした」

   

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川越の人のいもイメージの変化(平成13年12月1日)

 日本で食料の王様といえば、昔から米だった。米を年中食える人は、それができない人を「ヒエ喰い」「麦めし喰い」「いも喰い」などとさげすみ、馬鹿にしてきた。

 川越は江戸時代からサツマイモで有名だったので、ここの人も「いも男」とか「いも女」などとからかわれ、いやな思いをさせられてきた。それでサツマイモに対していいイメージを持っている人が少なかったが、さいきんになってやっと少しずつ変わりだしたようだ。

 川越の小中学校で「総合学習」でサツマイモと取り組んでいる所は多い。その先生方の話を伺っているうちに、世代によっていもイメージが違ってきていることに気が付いた。

 四十代、五十代はいいイメージを持っている人が少ない。ところが20代、30代は逆でいいイメージを持っている人の方が多くなつているということだ。

 それはそうであろう。わが国の歴史始まって以来初めてと言われた米余り現象は、もうご30年も続いている。それで米の地位は下った。逆に貧著の食べ物とされてきたサツマイモは健康食、美容食として見直され、その評価も上ってきているのだから。

 今日はその若い世代の代表のような人が来てくれた。ある小学校の30代の女の先生で、前向きのこんな話をしてくれた。

「40代、50代の先輩たちによると、よそに行って出身地を聞かれても、できるだけ答えないようにしていたようね。でもわたしたちは違う。北海道でも九州でも、川越から来たと言えば笑われるわ。『いもねえちゃんだ』と。それでも気にならないのがわたしたち。逆に嬉しくなっちゃう。だって全国の人が知ってくれているわけだから。そういう町はそうはないわ。

 それだから、川越ってすごい所なんだぞ、全国区の町なんだぞとなる。そこで子供たちとサツマイモ学習ができるなんて、もう最高。自分はなんて幸せなんだろうと思っちゃう」

   

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羽二重いも(平成14年6月1日)

 当館の展示室に在来種のサツマイモ、「大白」(たいはく)がある。川は赤、肉色は自。蒸しいもはねねっとりタイプであまい。

 川越地方でも戦前は農家の自家用として作っていたが、さいきんは作り手がいなくなり「幻のいも」になりかかっている。

 それを見た70代の女の人が「あっ、羽二重(はぶたえ)いもがある」と叫んだ。

 初めて聞く名前だったので、わけを聞いてみるとこういうことだった。「わたしは山梨の大月から来たの。むかし懐かしい羽二重いもがあったんで、思わず声が出ちゃった。

 このいもはうちの方にもたくさんあった。戦後、いつの間にか消えちゃったけどね。いもを蒸して皮をむくと、身から絹のような光沢が出る。きめもこまやかで、なめらか。それで羽二重いもと言っていたのね」

 それにしてもなんと優雅な呼び名なのだろう。その名のためにも、太白を幻のいもにしてはならないと思った。

 

  

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