男爵薯 (だんしゃくいも)

登録番号 農林認定
種苗法 
北海道優良品種 ばれいしょ輸第1号 1971. 6.17
(1928- )
原品種名 Irish Cobbler
異名 America, Cobbler, Early Beauty, Early Eureka,
Early Dixie, Early Petosky, Early Standard,
Early Victor, Early Waubonsie, Eureka, Extra
Early Eureka, First Early, Flourball,
Fruëhe Amerikaner, Happy Medium, Irish Daisy,
New Early, New Early Standard, New White Victor,
Nittany Cobbler, Per Jan, Potentate, Trust Buster
極早生白丸、梨形薯、高橋薯、備前白
組合せ 不明
Early Rose の芽条変異とされていたが、遺伝子には雑種由来)

花 (上川農試) 草姿 (北見農試) 塊茎 (北見農試)
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用途 食用
長所
  • 早生で適応性が広い。
  • ジャガイモらしい広く好まれる食味。
  • 貯蔵中の品質の劣化が少ない。
短所
  • 目が深く、剥皮しづらい。
  • 剥皮褐変が極めて多い。
  • 大いもに中心空洞が発生しやすい。
  • ジャガイモシストセンチュウに感受性。

(1)来歴

 川田龍吉男爵が函館船渠株式会社(現 函館どつく株式会社)専務取締役であった明治41年(1908)に、英国の種苗商から多数の著名品種の種いもを輸入した中から、亀田郡七飯村(現七飯町)の成田惣次郎が分譲を受け試作した品種は好成績をおさめ、たちまち付近の評判になって近隣に広がった。原品種名が不明だったことから川田男爵より譲り受けたことにちなみ「男爵薯」と呼ばれるようになったこの品種は、その後の調査によりアメリカの「Irish Cobbler」であることが確認された。
 「Irish Cobbler」(アイルランド人の靴直しの意)は、1876年にアメリカのマサチューセッツ州マーブルヘッド(Marblehead)のアイルランド人靴直し屋(英語でIrish Cobbler)が、「Early Rose」(白花・淡赤皮)の淡紫花・白皮変異体として栽培していたとする説と、もう一つは「Early Rose」の種いもの積荷の中に混入していたものを栽培していたニュージャージー州ランバートン(Lumberton)のアイルランド人靴直し屋にちなんで名付けられたとする説があり、発見者の原籍と職業にちなんでこの名がついたとされる。アイソザイムやDNAの分析により、「Early Rose」の変異体である可能性は否定され、何らかの雑種に起源すると考えられる。
 「Irish Cobbler」は1900年頃に Messrs Dobbie & Co.により「Eureka」の名でイングランドへ導入され、Messrs Sutton & Sons も1907年にアメリカの Messrs W. H. Maule から購入したものを導入し、「America」とも呼ばれた。

 北海道では昭和3年(1928)に「男爵薯」の名で「メークイン」とともに優良品種に決定した。当初は渡島地方の限定品種であったが、昭和6(1931)年に一般に奨励され現在に至る。単に「男爵」の名で扱われることも多く、導入から100年を経た現在も「メークイン」とともにばれいしょの代名詞的な品種である。
 中心空洞が生じやすく、目が深く皮が剥きにくく、近年の育成品種に比べると病害虫抵抗性も劣るが、生育期間が短く、広い地域に適応し、栽培技術も蓄積されており、長年慣れ親しんだジャガイモらしい風味の強さと抜群の知名度で、生産者からも消費者からも今なお絶大な支持を得ている。
 北海道における作付面積は澱粉原料用の「コナフブキ」に次いで多く、食用品種では最も多いいが、近年はゆるやかに減少しており、平成26年(2014)には9,734haと初めて1万ヘクタールを割った。全国では、平成24年産(2012)は春・秋作合わせて14,490ha、作付シェアは17.8%(平成24年(2012)産)と今なお全国で最も多く作付けされている品種である。

 浅間は、川田男爵による「男爵薯」の種いもの購入を「明治41年1月、このイギリスのサットン商会が送ってきたもの」と述べている。一方、館 (2008)は川田男爵が明治41年に輸入した種苗のリストのうち「わが男爵薯の原種アイリッシュ・コブラーとみられるものは、サットン父子商会から輸入したフラワー・ボールと、アメリカのダーリン・ビーハン商会から輸入したアーリー・ペトスキーの二種である」と述べている(p112)。Salaman (1926)は、品種"America"の特性解説の中で原品種名"Irish Cobbler"と多数の異名の一つとして"Flourball"を挙げているが、これはサットン父子商会(Messrs Sutton & Sons) の赤皮品種"Flourball"ではないことを注記している(p210)。この赤皮品種"Flourball"は1895年にサットン父子商会が紹介したが、これと1870年にサットン父子商会が紹介した"Sutton's Flourball"として知られる赤皮の"Flourball"とは区別すべきであるとも述べている(p256-257)。館 (2008) p.111の種苗輸入ノートの写真には"Sutton's Flourball"と書かれており、川田男爵がサットン父子商会から購入した"Sutton's Flourball"は"Irish Cobbler"ではなく赤皮の別品種だった可能性がある。「男爵薯」は明治41年2月にアメリカのダーリン・ビーハン商会(Messrs Darling & Beahan) から購入した"Early Petosky"かもしれない。
 また、浅間は、【男爵薯こぼれ話】として明治39年(1906)9月発行の北海道農事試験場彙報第3-4号「北海道物産共進会出品物解説書」に"Irish Cobbler"の異名の一つ"ユーリカ(Eureka)"が掲載されていることから、川田男爵の導入以前に北海道に"Irish Cobbler"が入っていたと指摘している。なお、“ユーリカ”は明治36年(1903)4月の北海道農事試験場報告第1号「明治三十五年農事試験成績」には掲載されておらず、明治38年(1905)11月発行の北海道農事試験場彙報第1号「北海道農事試験場一覧」には北海道農事試験場本場で栽培した品種として掲載されている。Stuart (1923) (p.487) には3種の"Eureka"が記述されており、北海道農事試験場が導入した“ユーリカ”は"Irish Cobbler"ではなかった可能性もある。

(2)形態的特性

 幼芽の色は紫で、萌芽時の葉色は紫色を帯びる。茎長は現在栽培されている品種の中で最も短い方に属する。茎数は少ない方でだが、「ワセシロ」より多い。茎翼はやや波状で、茎色は緑で赤紫の斑紋がある。そう性は中間型で、草姿は良く、倒伏は少ない。葉色は濃緑で、頂小葉及び小葉の形は広く、大きさは「ワセシロ」より小さく「メークイン」より大きい。
 花色は淡赤紫で、花弁の先は白い。花数は「ワセシロ」より多く、大きさは中程度。花粉は微程度しかなく、自然結果は通常はみられない。ごくまれに結果しても種子は入っていない。
 ふく枝は短く、いも着は浅い。いもの形状は球~扁球で、皮色は「ワセシロ」よりやや濃い白黄色。表皮の粗滑は中で「キタアカリ」より滑らかでネットはみられない。目は深く、目数は100gのいもで約12個、300gで15個程度で、頂部に偏在する。肉色は白い。

(3)生態的特性

 休眠期間はやや長い。初期生育及び早期肥大性はやや早いが、「ワセシロ」よりはやや遅い。枯凋期は「とうや」並か数日遅く「ワセシロ」より2~3日遅い早生で、秋まき小麦の前作として栽培されることが多い。上いも数は中程度、上いも平均一個重は小さく、上いも収量は「ワセシロ」より少ない。澱粉価は「メークイン」、「とうや」より高く「ワセシロ」、「キタアカリ」より低い低に属する。

(4)病害虫抵抗性

 ジャガイモシストセンチュウ抵抗性を持たないので、ジャガイモシストセンチュウ発生圃場で栽培すると、土壌中の卵が孵化し、幼虫が根に侵入して、栄養を奪いながら成虫になるため、収量は低下し土壌中の線虫密度も増加する。ネグサレ線虫には強い。「メークイン」や「キタアカリ」同様、疫病抵抗性主働遺伝子を持たず、圃場抵抗性も弱い。疫病による塊茎腐敗にも弱く、腐敗は「メークイン」並に多い。
 ウイルス病は、X及びYモザイク病(PVX、PVY)に弱いが、接触伝染するPVXは正規の種いもを使用している限りみられない。PVYの普通系統(PVY-O)による病徴は、モザイク斑紋を現すれん葉型(crinkle type)で、第1次病徴は発現しにくいが、開花期以前に感染した場合、えそ症状により落葉することがある。PVYのタバコ黄斑えそ系統(PVY-N)による病徴は、軽いれん葉症状となるが、無病徴の場合もある。PVAには感染しない。PVXの普通系統(PVX-o)による病徴は、えそ斑や退緑斑紋を現すか無病徴で保毒となる。またB系統(PVX-b)に対しては、全身感染しえそ斑やモザイク症状を現す。PVSのモザイク系統による病徴は、中~下葉の脈間に黄色小斑点を生じ比較的見やすいが、潜在系統に対しては無病徴の潜在感染となる。葉巻病の第1次病徴は、植物体上部葉の基部が退緑し、赤~淡赤に着色するが、巻き上がりがほとんどない。植物体上部の直立性も弱く、中葉から先に巻きあがり(多くの品種は、小葉は基部が強く上向きに巻き、病徴が進むとともに植物体の上部が直立する)、第2次病徴に似ている。
 そうか病に弱く、粉状そうか病には既存品種の中で最も弱い品種の一つで「農林1号」より弱い極弱である。
 中心空洞は食用品種の中で最も多い方であり、特に大いもに生じやすい。褐色心腐は近年の食用の育成品種に比べるとやや多く、「農林1号」より少ないが「メークイン」や「ワセシロ」よりやや多い微である。「男爵薯」の褐色心腐は、早掘りでは水浸状ですが、最終収穫時には内部褐色斑点が内部に散在する。

(5)品質特性

 目が深く剥皮歩留りは低い剥皮褐変も食用品種の中で最も多い方に属し、カットやプレピールなどの業務用に適するとはいえない。肉質はやや粉質で煮くずれは中程度みられるが「キタアカリ」より少ない。「キタアカリ」や「ワセシロ」に比べやや煮えにくい。水煮(粉ふき)に好適だが、煮くずれするため長時間の煮込みにはあまり適さない。調理後黒変は少程度発生し、「キタアカリ」や「ワセシロ」より多い。ばれいしょらしい香りが強く、食味は多くの人に好まれる。特に、関東以北で人気があり、関西では「メークイン」の方が好まれる。
 ビタミンC含量は「キタアカリ」より少ない。還元糖含量は「トヨシロ」より多く「メークイン」より少ない。収穫後間もないものならば、一般家庭でも比較的褐変の少ないポテトチップを作ることができる。
 打撲による皮下黒斑は「メークイン」より発生しやすい。
 低温貯蔵中の肉質や品質の変化が少なく、比較的長期間の貯蔵に耐えられることも、今なお「男爵薯」が支持されている理由の一つと考えられる。

(6)栽培上の注意

・シストセンチュウ抵抗性を持たないので、発生圃場では抵抗性品種を導入すること。
・塊茎の形成肥大に対する日長反応は鈍く、高温長日下でも肥大を続け、各地の風土に適応する。
・目が深く、芽が脱落しにくいので、浴光催芽の日数をやや長めにできるが、高温に経過すると黒色心腐の発生は「農林1号」を超えるほど多くなる。
・乾燥が続く年には疫病を回避できる場合もあるが、通常は発生が早く、塊茎腐敗は「メークイン」同様に多い。
・生育期間が短いため、追肥の必要はない。早生でふく枝が短く、茎長が短いため、栽植密度は若干密植とした方が増収する傾向があり、通常4,500株/10aとする。
・用途が広く知名度も高いので有利に販売できる。早生の特徴を生かしマルチ栽培などの促成栽培、二毛作への導入なども可能である。

奨励品種に指定している都道府県(平成24年)

北海道、青森、△山形、千葉、山梨、富山、福井、広島、福岡
(△印は準奨励品種)



文献及び関連Web

北海道農事試験場 (1930).馬鈴薯「男爵薯」及「メークヰン」の特性と其の栽培上の注意.北海道農事試験場時報 91:1-8

宮澤春水・吉野至徳 (1933).北海道より移出せらるる馬鈴薯「男爵薯」の来歴及特性.農業及園芸 8(1):423-432

北海道農事試験場 (1935).[北海道農事試験場]協議要録 大正15年至昭10年.pp.42-44, 48. 国立国会図書館デジタルコレクション

北海道立農業試験場.“主要農作物優良品種の解説”.(1952)

Clark, C. F. et. al. (1946). Descriptions of and Key to American Potato Varieties. USDA Circular 741

田口啓作 (1963).「V. 馬鈴薯の栽培」『作物体系 第5編 いも類』 養賢堂 pp.24-25

館和夫 (2008).『新版 男爵薯の父 川田龍吉伝』.北海道新聞社

Stuart, W. (1923) The Potato; its culture, uses, history and classification. J. B. Lippincott Company

北海道農事試験場 (1905).北海道農事試験場一覧.北海道農事試験場彙報 1:1-25 (AgriKnowledge)

Douches, D. S., K. Ludlam and R. Freyre (1991). Isozyme and plastid DNA assessment of pedigrees of nineteenth century potato cultivars. Theor Appl Genet 82:195-200

Hosaka,K., M. Mori, and K. Ogawa (1994). Genetic relationships of Japanese potato cultivars assessed by RAPD analysis. American Potato Journal 71:535-546

Salaman, R.N. (1926). "Potato varieties".Cambridge.

Choiseul. J. , G. Doherty and G. Roe (2008). Potato Varieties of Historical Interest in Ireland. Department of Agriculture, Fisheries and Food.

Irish Cobbler (The Potato Association of America)

Irish Cobbler (Canadian Food Inspection Agency)

Irish Cobbler (European Cultivated Potato Database)


ばれいしょ品種の形態及びウイルスの病徴 (1) (独立行政法人種苗管理センター

ジャガイモ品種「男爵薯」 (ジャガイモ博物館(浅間和夫氏による解説))
川田男爵 (ジャガイモ博物館 ポテトエッセイ第7話)
何故人気なの『男爵・メーク』 (ジャガイモ博物館 ポテトエッセイ第62話)

男爵薯をコシヒカリに (ポテトフィールド ポテトエッセイ(田中智氏))


男爵資料館(2014.3~無期限休館中)

男爵いもの川田龍吉 (高知市歴史散歩


男爵いも発祥の地 七飯町 (函館開発建設部 道南の農業)


歴史の風景 男爵薯の父・川田龍吉 (北斗市



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